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ワンイシューで、GO! [丘の上から]

 

 今回の都知事選。

 僕は、たまたま東京都民であったことを、少しだけ幸せに思う。

 原発のあり方について、1票を投じることができるから。


 東日本大震災の際、東電幹部は、一時、事態収拾に当たる担当者全員に撤退を命じたという。

 その際、東京都下3,000万人の避難計画も持ち上がっていたようだ。

 今、日本が、まがいなりにも無事でいられるのは、偶然のラッキーによるところが大きい。

 ハリウッド映画顔負けの、なかなかスリリングな話だ。


 それだけに、


 震災以降、2度の国政選挙があったが、どちらも、国民が原発に対して投じる1票という意味では、ほぼ完全に封じられた。

 当然今回も、政府、自民党はもちろん、マスコミも、その方向に動くだろう。

 「ワン・イシューで動かされることは、愚かなことである。」と。


 数年位前から、マイケル・サンデルというハーバード大学の教授が、‘ 正義について考える ’ ことを提唱している。

 人間が、思考で、正義を知ることができるのかどうかはともかくとして、

 実際、僕たちのほとんどの行動原理は、ずっと、正義ではなく ‘ 欲望 ’ である。

 つまり、僕たちが利害を超えた行動をすることは滅多にないというのが、事実としての現状である。

 そして、誰もが、多かれ少なかれ、何らかの欲望をくすぐる利害当事者なのだ。


 その意味では、僕たち凡庸な貧乏人が、‘ 青い正義 ’ を語っていられるのは、権益がほとんどない、薄~い利害当事者だからなのだろう。

 たとえば、「何万年後の人たちに、僕たちが残した高レベル放射性廃棄物を託すのは悪いとは思うけど、でも今、セブンイレブンには24時間開いててほしいしね。」程度の。


 国の政治的決定に、圧倒的な影響力があるのは、‘ 高レベル利害当事者 ’ である。

 だから、細川氏が落選し、そのことによって、原発維持、推進に拍車がかかる可能性は高いだろう。

 もしそうなったら、深い絶望は感じるだろうが、

 民主主義の手続きに基づいて決定されたことで、この社会が不幸になることは、しかたがないこと。

 みんなとともに、甘んじて受け入れればよいことだ。

 でも、その不幸に自分が加担したという事実は、僕は受け入れられない。

 だから、僕は、原発のあり方について、1票を投じられることに幸せを感じる。


 日本に、どんな悲劇的結果が起きても、その光景を、僕は、自分の1票を投じたことで、感無量の微笑みとともに見られるだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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